脚本家 倉本聰 突然の死に驚きと悲しみ・・・
倉本聰 突然の死・・・葬儀やお別れの会は?
脚本家で演出家の倉本聰さんが、2026年9月18日(金)夕方、多臓器不全のため自宅でご逝去されました。突然の死・・・享年91歳でした。
葬儀等は近親者にて済んでいます。
「お別れの会」は、2026年11月3日(火) 富良野演劇工場にて予定されています。これは倉本聰本人の遺志によるものと事務所が発表しています。
脚本家 倉本聰とは 「北の国から」が懐かしい

倉本聰の本名は山谷馨(やまたに かおる)。
「北の国から」のイメージがあまりにも強すぎて、北海道出身なのかと思いきや、実は東京都渋谷区の出身です。
父は俳人、祖父は医学博士。
東京大学文学部美学科卒業。大学在学中にはテレビ局から依頼されたラジオドラマの脚本を執筆しています。
ニッポン放送入社するが、その後フリーになりました。
NHK大河ドラマでは、色々な問題が拗れて脚本を途中降板しました。
そのすぐ後に、札幌へ移住します。NHKとはその後和解しましたが、ドラマの演出に関して不満を表し、再び絶縁となったようです。
ご本人にすれば、どうしても譲れない部分があっての事だったのでしょうね。
富良野へ移住したのは1977年なので、「北の国から」が始まる数年前から北海道の富良野に住んでいたことになりますね。
ドラマ「昨日、悲別で」「優しい時間」「風のガーデン」や、映画「駅 STATION」も有名ですが、「北の国から」は40〜50代以降の人であれば、知らない人はいないのではないでしょうか?
このドラマを「見ていなかった」と言う人はいないのではないかと思う程、名作中の名作だと思います。
東京から北海道の富良野へ移住した親子が大自然を舞台にたくましく生きていく姿は沢山の人に感動を与えてくれましたね。
「北の国から」は子供だった頃からの吉岡秀隆や中嶋朋子の成長を21年という長い年月に渡り描いた作品で多数の賞も受賞しています。
見た事ない!という若い世代の方には、是非見ていただきたいドラマです!
倉本聰の好きなものは?「富良野塾」とは?
倉本聰といえば・・・「いつもタバコを吸っている!」と言うイメージを持っているのは私だけでしょうか?
彼は何よりもタバコとコーヒーが好きだと有名だったそうです。1日に吸う本数は・・・驚きの60本〜80本だそうです!!
西田ひかるが大好きだったそうで、自身の愛犬の名前がニシダと言うそうですが、メイサという愛犬もいる事には笑えます!
強面な倉本聰ですが、お茶目な人柄を想像できるエピソードですよね!
1984年には「富良野塾」を自らの私財で開設しています。脚本家や俳優を育てる為の情熱が、どれほどご本人にあったのか、私達の想像くらいでは語る事は出来ないですよね。
「富良野塾」の講義料を無料とし、夏には農家などの人達の協力の元、畑仕事を手伝って自分の生活費を稼がせ、冬には公演に向けての稽古をさせていました。
今では生活の中では当たり前にある「電気・水道・ガス」を使わない生活を体験させるなど、人としての在り方や、人間が生きていく上でとても重要な事にも触れる様な体験を通して後輩の育成に精力を注いできた方です。
「富良野塾」は本人が自身の体力の限界を理由に2010年3月で閉塾しています。
富良野といえば「北の国から」。このイメージはきっとこの先も変わらないと思います。
富良野には、倉本聰が好んで食べていたというメニューを掲げる飲食店も少なくありません。それを目当てに食べに行ったこともありました。
古い時代の不便な生活の中でも、大切な事を教えてくれた「北の国から」を作った倉本聰さん、心からご冥福をお祈りいたします。


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